多様化
人体部の席順抽選前に、畳1畳ほどのモデルが立つ台に腰を掛け、
雑談に講じていると、そこに腰を掛けて良いのは、先生だけと、注意を受ける。
誰が決めたんだと、声を荒げる。
そこは、モデルの職域だから。と、ノタマウ。
しょうもない規則は、これ以上作らんといて。と、30年前のエピソードを披露する。
「君は、人体部が永いのだから、パステル又は水彩絵の具で、デッサンを試みろ」
と言われ、
先生、木炭デッサンでなくても、いいんですかの問いに、
「ここは研究所であって、何でもありの自由だ」と指導された。事を話、
おおらかでなければ、良い絵は描けない。と言って相手にしなかった。
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その他のエピソード・・・
研究生が少ないときは、モデルを油絵で描いた講師がいた。
先生、この頃、人体部で油絵を描かないのですか?の質問に
事務所から叱られた。と、答えられたのは何年前だった?
新しい講師が、今週は、良いポーズですね。とスケッチブックを取りに行かれ、
クロッキーをされていたのも、最近は見かけない。
プロの筆さばきや色使いは、とても参考になったのに、なんでかな???
講師の首が危うかった騒動も多々あって、研究所の主幹から愚痴をきかされたことも、・・・当時は、同じ宮仕えだったからかも?、
愚痴の要約・・・
大阪市の施設を利用し、報酬を得るものは、公平・公正を旨とする。
月謝を支払う研究生は、ある意味お客様で、苦情に関して、少しは聞き入れないと、
上部機関に持ち込まれる・・・の保身。
結果、
いつの頃から規則だらけになって、芸術と研究からはかけ離れ、カルチャー化してしまった。
コンクールの採点に、手心を願うアホばかりで、採点する側に真摯さがなくなるのも当然。
結論、
自己の正義や考えを振りかざすのは止めてほしい。