一審判決
判決のP4
第3 当裁判所の判断
1 争点(1)について
(1) 証拠(甲1ないし9[枝番号を含む。]、乙1ないし3、原告本人)及び弁論の
全旨によれば、次の事実が認められる。
ア 平成29年1月21日、原告は、センターに架電し、旧姓で参加したいとの意向
を 伝えた(乙1)。
原告は、そのような電話をしていないと主張し、それに伴う立証を行い(原告
本人)。一方、被告は、顧客とのやり取りのうち重要と考えるものを記録化して
残しており、その記録を文字で起こし一覧表形式で整理したものとしてメモを
提出している(乙1)。
原告は、被告が勝手にまとめたようなメモには信用性がないと主張するので、
以下、検討する(乙1には表題が付されていないので、以下、「本件メモ」とい
う。)。
イ 本件メモ(乙1)の文書としての性質は、担当者の見聞、判断、指示内容等が
記録され記載されている報告文書であると解されるから、原告が主張すると
おり、そのままでは、その内容通りの事実があったことの証明にはならないこと
は当然である。しかしながら、旅行業者である被告が、顧客とのやり取りのうち
重要と考える事項について事務記録、メモにに残しておくという場合、存在しな
かった事実をあえて存在するものとして記載したり、存在した事実を意図的に
曲げて虚偽の内容を記載したりするメリットはどこにもなく、通常は、記載されて
いるとおりの、事実の経過、やり取り等があったものと推認するのが社会通念上
相当である。一方、原告は、旧姓使用を申し出ていないということや、旧姓使用
を申し出る訳がないということについてはきっぱりと断言するものの、電話した
時期や、電話での被告担当者の返答などの周辺的な事項についての記憶や
供述は曖昧であり、原告の供述は、採用できない。
判決のP5
ウ 平成29年1月23日。原告から本件ツアーの申込書が被告に届いたが、新姓
での申し込みとなっていたので、被告担当者は、原告から、本件ツアーには旧
姓で参加したいとの意向を伝え聞いていたので、確認のために原告に架電し
たところ、原告からは旧姓で参加する旨の回答を得た(乙1)。
そこで、被告担当者である松井(以下「松井」という。)は、「旧姓参加との記録
あり、旧姓で参加となっていたが、お申込書にご記入のローマ字と異なってい
た為、電話にてご本人様へ確認した所、旧姓でとのお申し出あり。1/23 確
認済み 松井」とのメモを付箋に残し (以下「本件付箋」 という。)、本件申込
書に本件付箋を添付した。予め、旧姓で参加したいとの申出、記録がなけれ
ば、松井は、そのような記載をする訳はないと考えるのが素直であり、このこと
からも、事前に、原告から、旧姓使用の申し出があったことが推認される。
また、「ESTAのステータスの確認」(甲2)によれば、原告は、ESTAを旧姓で
申請し、認証を受けていることが認められるところ、この事実は、原告が、そもそ
も旧姓で本件ツアーの申し込みをすることなどあり得ないという主張とは相いれ
ない。この点、原告は、そもそも、同年1月23日に被告に電話していないと主
張立証するところ、そうで あれば、本件メモ(乙1)にその旨の記載があること
や、あるいは、本件付箋の記載内容とまったく矛盾することになるが、上で検討
したように、被告の担当者(松井をを含む。)が、社内の事務記録である本件
メモ(乙1)を作成するに際して、これに事実と異なることや、存在しない事実を
存在するかのようにあえて記録することは、社会通念上、あり得ないと解される
から、この点についての原告の主張も採用できない。
判決のP6
また、原告のパスポート写しを被告に送付しているかについても、当事者双方
に争いがあるが、被告は、社の方針で顧客のパスポートの写しの提出を求めて
いないとしており、本件についてのみ、社の方針を曲げて、同写しを徴求する
特段の事情は認められないから、本件でも、同写しの提出を求めていないもの
と解することが相当である。
エ そもそも、6年前に再婚したという原告が、あえて前夫の姓を名乗ってツアー
に参加することを希望するとは通常考えにくい上、原告も、そんなことを申し出
る訳がないと主張立証するが、一方で、証拠及び弁論の全趣旨によれば、原
告は、新姓に変わってからも、イタリア旅行に出かけたこともあること、そして、
その時は、滞りなくイタリア旅行が行えたことが認められ、また、本件付箋の記
載からは平成29年1月23日に松井から原告に架電しているところ、本件付箋
の記載は、予め原告から旧姓使用で申し込むとの意向が示されていたことを
前提としていると考えなければ理解できない。
2 争点(2)について
(1) 被告は、原告の申請どおり、旧姓での手続きを進めたが、被告担当者は、原告
がパスポートの追記で、苗字を変更していることを聴かされておらず、また、追
記欄を含めて、本件パスポートを見せてもらっていないのであるから、追記欄
において、追記、すなわち、苗字の変更はなされていないものと判断したことに
よるものと解される。
(2) そうすると、原告は、平成29年1月21日、センターに架電し、本件ツアーには
旧姓で参加する旨を被告に伝達し、松井からの再確認の際にも、旧姓で参加
するものであるとの申し出を行ったこと、爾後、被告は、原告の同申し出に従っ
て、内部事務処理を行った上で旧姓名で航空券の発券手続きを行ったものと
認められるから、原告の申出に沿った事務処理をした被告には落ち度はない
と認められるから、損害賠償義務は発生しないと解される。
2 以上によれば、その余の争点について判断するまでもなく、原告の請求は
理由がない。 よって、主文のとおり判決する。
大阪簡易裁判所
裁判官 加藤 ・・
あとがき
個人情報満載故、氏名は省略。
大手旅行社の社会的立場を斟酌し、事務記録に虚偽の内容を記載することは、社会通念上考えられない。とし、反面、個人の記憶の曖昧さを指摘して、権利を軽視した判決ではあるが、判決文を熟読すると、裁判所は、控訴を薦めているとも解釈できる。